たといわたしは正しくても、 わたしの口はわたしを罪ある者とする。 たといわたしは罪がなくても、 彼はわたしを曲った者とする。
『ヨブの言うところは知識がなく、 その言葉は悟りがない』と。
わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。
また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、はてしのないいがみ合いが起るのである。
そこで彼らにむかって言われた、「あなたがたは、人々の前で自分を正しいとする人たちである。しかし、神はあなたがたの心をご存じである。人々の間で尊ばれるものは、神のみまえでは忌みきらわれる。
すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
その時わたしは言った、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」。
曲った心の者はさいわいを得ない、 みだりに舌をもって語る者は災に陥る。
言葉が多ければ、とがを免れない、 自分のくちびるを制する者は知恵がある。
あなたのしもべのさばきに たずさわらないでください。 生ける者はひとりもみ前に義とされないからです。
主よ、あなたがもし、もろもろの不義に 目をとめられるならば、 主よ、だれが立つことができましょうか。
ヨブは口を開いてむなしい事を述べ、 無知の言葉をしげくする」。
「まことにわたしは、その事の そのとおりであることを知っている。 しかし人はどうして神の前に正しくありえようか。
『人は神の前に正しくありえようか。 人はその造り主の前に清くありえようか。
ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
たといわたしは正しくても答えることができない。 わたしを責められる者に あわれみを請わなければならない。
わたしは罪ある者とされている。 どうして、いたずらに労する必要があるか。
わたしはわがもろもろの苦しみを恐れる。 あなたがわたしを罪なき者とされないことを わたしは知っているからだ。
わたしがもし悪ければわたしはわざわいだ。 たといわたしが正しくても、 わたしは頭を上げることができない。 わたしは恥に満ち、悩みを見ているからだ。
わたしのとがは袋の中に封じられ、 あなたはわたしの罪を塗りかくされるでしょう。